第17回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖:イギリスの歯科医師免許試験に臨むその2 恐怖のOSCE〜

歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外のこととする。

歯科医師夫婦のつれづれ手帖 Vol 17  〜イギリスの歯科医師免許試験に臨むその2 恐怖のOSCE(オスキー)〜

 

前回に引き続き、ロンドンで受けた試験のお話しです。

私たちのころは無かったのですが、今は日本の大学でも、OSCE(オスキー、Objective Structured Clinical Examination)という英国発祥の試験方式をどこでも取り入れているそうです。医学部、歯学部、薬学部の学生が臨床実習に上がる前に通らなければならない臨床能力試験で、私の受けた英国の試験でも、2次試験の4科目の1つにこのオスキー試験がありました。「ステーション」と呼ばれる小部屋に、試験官(その他に患者役の俳優がいることもあります)がいて、たとえばこの患者さんの血圧を測りなさい、こういう症状の患者さんに治療の説明をしなさい、といったまさに臨床さながらの質問が用意されています。時間は各5分間、ステーションの数は20個。1分間で小部屋の外の問題を読み、5分間で小部屋の中で問題を解き(話し)、ベルが鳴ったら次のステーションに移動です。スピードと正確さを要求されるこの科目には本当に泣かされました。

OSCE対策のセミナーでは予想問題が山と渡され、暗記、そして練習です。

アクターオスキーと呼ばれる、患者役の俳優がいるステーションでの問題は、英国の医療現場を垣間見れる本当に面白いものがありました。 レントゲン写真が失敗し、もう一度とらなきゃいけない。放射線を恐れ納得しない患者さんに、歯科レントゲンの安全性を説明し何とか説得しなさい、というもの。歯科スタッフがお酒の匂いをさせています、彼女を傷つけずに、適切な対処法を述べよ、というもの。お子さんの簡単な治療に、全身麻酔を強要する心配性の母親を説得しなさい、というもの。 よくもまあこれだけ、いろんなシナリオを考えるものだと感心しました。 この、一見歯科そのものとはあまり関係ないような問題の裏に隠れている目的が、受験者のコミュニケーション能力、マナー力を問うというもの。困っている患者さんがいたら心から同情し一緒に考える。 理不尽な要求にも、プロとして毅然として、しかし礼儀正しく対応する。 学校の授業だけでは習えない、でも当たり前のようでいて忘れがちな、大切なスキル。オスキーにはこれ以外にも、歯科技術や記述式の質問などもありますが、この個性的なアクターオスキーこそ、将来医療従事者になろうという者の素質を磨けるオスキー臨床試験の真骨頂だと思います。

日本の医学部、歯学部、薬学部で正式にオスキー試験が導入されたのは2005年とあります。歯学部のところを見てみると、「医療面接、口腔内診査、診断、医療技術」を問うと書かれています。 おそらく日本の大学では、酔っ払っているナースに対する対処法、などはけして出ないんだろうな、それにアクターなんかいるのかな、と思いながら、若い学生に「どんなこときかれるの?」と聞いてみたい気持ちでいっぱいです。 (MDCnewsletter2015年11月号より)

回想版 大恩人。オンライン英会話のスペイン在住イギリス人女性

実はOSCEはそんなに難しい試験ではないのです。量が多いとは言え過去問はたくさんあるし、それに対する模範解答まである。問題は、(特にアクターオスキーでの)英語力と演技力!

(有名ではないけれど)本物の俳優がきて、驚くほどの演技力を見せる面白い問題を、思い出してみました。

  • 二日酔いのスタッフを傷つけないようにこっそりと諭して、帰しなさい。(俳優の酔っ払いぶりがすごかった)
  • 夜中の老人施設で、歯が痛いと騒ぐ認知症の老婦人の歯を抜歯しました。緊急事態だったので息子の承諾を得ずに行ったため、次の日息子が怒って乗り込んできた。うまく説明して息子を落ち着かせてください。(これ以外にも、高齢母と息子シリーズは何個かあったな)
  • 乳歯の簡単な抜歯に、全身麻酔を強要する母親を説得しなさい。
  • 転んで子供の歯が抜けたと電話口でさわぐお母さんを落ち着かせ、正しい対処法を伝えてください。(小道具の電話まで用意してある)
  • 治療がうまくいかずに、専門医への紹介が必要になった。パニックを起こしている患者さんを落ち着かせて説明してください。(ヒステリックに叫ぶ患者役の女優にこっちがびびる)

何か、真昼のドラマみたいではないですか。これを笑わないで大真面目に、です。これ以外にも、たくさんのシナリオがありました。練習の相手になってくれたのが、オンライン英会話のえいごっくすのイギリス人講師、インガーさん。彼女には準備期間の数ヶ月、そしてノッティングヒルのシェアハウスに滞在中の試験直前まで、本当にお世話になりました。「あなたのような歯科医師がイギリスにいたら、私は絶対に行くわ」とお世辞でも嬉しいことを言って励ましてくれたものです。

写真は滞在した日本人向けアパートホテル「アップルハウス」の窓から。辛い辛い2週間を、この景色を眺めながら過ごしました。

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