第18回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖:イギリスの歯科医師免許試験に臨む ラスト〜

歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外の事とする。

歯科医師夫婦のつれづれ手帖Vol18 〜イギリスの歯科医師免許試験に臨む ラスト〜

今年もあっという間に12月を迎えました。

この「つれづれ手帖」も18回目を迎えたようです。他愛のない話ですが、どんなに忙しくてもかならず月に一度、書くようにしようと二人で決め、片方ができない時には片方が、と助け合いながらいままで続けることができたこと、感慨深く思います。1年間、どうもありがとうございました。

今年最後は、ここ2回ほど続けてきた、英国のお話3回目です。英国およびヨーロッパで歯科医師として働く資格を得ることができるORE試験(Oversea Registration Exam)は、EU圏外の、特に発展途上国の若い(若くない人もいます)歯科医師たちにとっては夢の入り口です。国際結婚をしたり、歯科医療技術が遅れていたり、国の情勢が不安定だったり、果ては難民だったり、といった様々な事情の歯科医師が、よりよい環境を求めて、大きな夢を持って挑む試験です。なぜこれほど、祖国を離れ渡英を選ぶ人たちが多いのでしょうか。

移民を受け入れる土壌、闘争を含むその長い歴史については私の知識を大きく超えるところですが、現在のイギリスのを見ても、その理由がちょっとわかるような気がします。

私たち日本人からすると、工業製品などのハード技術面では日本はイギリスに勝っているように見えますが(すみません私見です)、移民を受け入れて発達してきた「社会の仕組み」というソフト面では、本当にイギリスは優れていると感じます。

 (写真は東京駅:イギリスから帰って見た東京は、大都会だった。)

歯科医療であれば、歯科医師には5年間に250時間の指定講義が義務付けられる免許更新制や、患者さんの治療や対応についての不満に対する処理のシステムが公式に整えられています。子供や障害のある方のインフォームドコンセントもとても重要視され規定が事細かに定められています。16歳以上の方は自分で治療の説明を受け治療を受けるかを判断できます。16歳未満の子供でも、理解能力があるとされれば(基準が決められています)、治療に対する同意や拒否をすることができるのです。親がどんなに治療を受けさせたくても、はたまたその逆でも、その権利を奪うことはできないそうです。

比較的統一された倫理観や勤勉さから、そこまでの仕組みを作る必要がなかった日本。でもこれからは、いろいろな立場の人を守るためにも、このようなソフト面を充実させることに力を入れるのも必要なのかもれしません。

ちなみに写真は、訪問したロンドンの歯科医院の治療チェア。見えにくいですが、テーブルの下に白いタンクが見えますか?水道水を飲むことができるイギリスですが、歯科用治療にそのまま使用するのは禁じられていて、このように購入した蒸留水に抗菌剤を入れたものをチェアにセットし、水がなくなったらまた足して・・・という手間をかけています。ハード面では勝っている(?)と思ったのに、これを見たときはその意識の高さに負けた~!と思いました。水の除菌システムを当医院に導入するために、歯科ユニット内の水の無菌化の重要性を勉強したばかり・・でも、治療途中でタンクの交換は大変そうです。お互い、ハード面、ソフト面、まだまだ参考にして改善していくことが多そうですね、英国紳士の皆様。

後記: 先日なんとORE合格の通知が届きました。最後に、「Please accept our good wishes for the future… Exam team」とありました。

この機械的ではない素敵な合格通知に、うれしさに震えながらもやはり「負けた」と思ってしまいました。

本当に、素敵な将来がやってきますように。皆さまどうぞよいお年をお迎えください。

(MDCニュースレター2015年12月号より)

回想版 ORE試験を振り返る(令和3年1月)

50歳を目前にした未来

「Please accept our good wishes for the future」というGeneral Dental Council(GDC)の試験担当チームからの粋なはなむけの言葉は今でも心に残る。

しかし当時から、「future(未来)」という言葉は、今いる場所で責任も重くなる一方の40代も後半に入った人間には、相応しくないような気がしていた。自分にとっては、本当に夢だと思っていた大変な試験に受かってしまった。しかし、若者ではあるまいし、だからと言ってこれからどんな未来があるんだろう?

あれから5年もの月日が過ぎ、さらに年齢も、今いる場所での責任も大きく増えた今も、あの時の何かに突き動かされたような自分の挑戦と、それに対する答えのようなものを探し続けている。

遠くなってしまった国 イギリス

OREが終わった翌年の2016年6月、英国は国民投票で、EU離脱を決めた。移民を受け入れ、厳しい規律を作って外国の有資格者を受け入れることを続けて来たイギリスの選択には驚いた。

着々と数年かけて準備してきた離脱が昨年(2020年)の初めに行われ、1年を見ていた移行期間も昨年末には完全に終了した。今まではEU圏内で自由に行き来ができた人民や資格(医療、教育など)も、試験や英語力証明などの壁が立ちはだかるようになり、人材不足や経済への影響が心配されているとか。

ORE試験を受けた背景には、在英6万人(2018年12月:外務省ホームページより)とも言われる大きな日本人マーケットの存在もあった。実際、イギリスで出会ったたくさんの日本人(子供たちの学校の父兄や留学生仲間)に、在住中のいろいろな歯の悩みを相談され、在英の日本人を診る日本人歯科医師の需要はとてもあると感じたものだ。留学していた2004〜2005年当時、日本で免許を取って、イギリスで診療している純粋な日本歯科医師は私が知る限り1名だけ。その後、10年以上たって、2〜3名の日英両方の免許を持つ日本人歯科医師がイギリスで診療を始めたようだが、足りていると言えるのだろうか、と思っていた。

今後、イギリスで暮らす日本人は減るのか。それとも増えるのか。猛威を振るうCOVID19(新型コロナウィルス)の状況が落ち着くまで、EU離脱の本当の影響はわからないだろう。少し遠くなってしまったイギリスへの距離感。ORE試験はCOVIDの影響で実施を一時的に取りやめている。

それでも、私自身の「Future」への問いかけは続く。したたるような緑に彩られたイギリスの景色は、今でも時々蘇る。しかし何度も何度も、イギリスの景色は盛岡の景色と似ている、と思っていた。透き通る空気のある盛岡で、今はまだまだ、岩手の優しく真面目な人々の診療を続けている。

 

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