第11回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖〜 小さな後悔

歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外のこととする。

歯科医師夫婦のつれづれ手帖Vol 11  〜小さな後悔〜

先日、長男の部活(軟式野球)練習試合を覗きに、盛岡市営球場に行きました。現在は甲子園の県予選大会で使用されることは無くなりましたが、高校時代は野球応援のために何度も足を運んだ球場です。バイパスから曲がると球場までは結構な上り坂で、30年前は自転車で“ひーひー”言いながら登ったものですが、今は自動車であっという間です。

球場は老朽化し、スタンドのコンクリートは欠けており、グランドでは芝生がはがれ地面がでこぼこしているところもあります。しかし、そこではあの日々と変わらぬ“高校生の姿”を見ることができました。スピード感は硬式には及びませんが、高校生らしい懸命なプレーが続きます。いわゆる50肩で苦しんでいるおじさんには、思い切り投げ、打ち、そして走るということを当たり前のようにできる若さが、羨ましくもあります。

はつらつとした彼らを見ると、自分の高校時代を思い出し後悔することがあります。入学当初ある運動部に入ったのですが、すぐに辞めてしまったことです。当時の西根町(現八幡平市)出身の私は、盛岡の高校まで花輪線で汽車通学でした。朝は6時台の汽車に乗り、部活を終えて汽車に乗り…。花輪線は1時間に1本しかなく、乗り遅れると大変です。中学時代とは異なりどんどん進む授業。応援歌練習やいろいろな行事。そんなこんなを自分に言い訳し、乗り越えようと努力もせず辞めてしまいました。転部先(生物部)では新たに仲間もでき、それなりに活動はしていましたが、あの時にひと踏ん張りできなかったことは、今も小さなとげのように心に刺さっています。また、時間的にも肉体的にも余裕ができたはずでしたが、それは有効に活用されたとは言えず、成績も中途半端なままでした。

面と向かって褒めることはしませんが、音を上げず部活を頑張っている息子は、それだけであの頃の自分よりたくましいと思います。おそらくその経験は、今後の人生の様々な場面で生きてくることでしょう。ただ、あまりに多い睡眠時間(うたた寝)は何とかしてもらいたい。毎晩「風呂入って、ふとんに寝ろ!!」と怒鳴ならねばならぬことに、少々うんざりしているこの頃です。(文:マジオ)

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のあみ

自分と同じ高校に通い、自分ができなかった部活動を楽しむ息子をうらやましく思う複雑な父ごころだね〜。

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