第21回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖~ナオミさんは二人前?

歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外の事とする。

歯科医師夫婦のつれづれ手帖vol 21
ナオミさんは二人前?

今年二十歳になる娘が生まれた頃の話である。上記のタイトルの作文が、読売新聞に小学生の作文コンクールの最優秀賞として載った。このタイトルも、小学4年生くらいの作者の女の子の顔も、長崎市内の小学校名も、そしてもちろん内容も、20年たった今も思い出すことができる。

働き出して3年ほどがたち、私は周りの同級生たちよりは少し早く、結婚して母親になった。歯科医師としてはまだまだ半人前にもなっていない頃である。しかも、夫は大学院生、私は大学の研究室の無給の医員で、当然ながら産休も育休も社会保険も、育児手当もなーんにもなかった。もっと仕事をして上達したい、それに生活費もほしい、と思った私は、何も考えずに医局を退職し、開業医で働かせてもらおうと考えた。

しかし5か月の娘はまだかわいく手がかかる盛り。母と義母が育児を手伝ってくれることにはなっていたが、肝心の自分になかなか娘と離れて働く勇気が出なかった。

そんな時見つけたのが、上記の作文である。

自分と同じ名前がついている題名を見て、思わず手に取ってみると、「ナオミさん」と作者が呼んでいる女性はその子のお母さんで、しかも職業まで同じ歯科医師。年の離れた妹が生まれてから、仕事、家事、赤ちゃんの世話と急激に忙しさを増したナオミさんが、赤ん坊のおもらしの掃除をしているときに突然キレてしまう。

「私なんか、半人前だ!仕事も、母親としても、すべてが半端で・・・」

いつも颯爽として動き回っている母親が泣き崩れるのを見た小学生の作者は、驚きを隠しながらも思わず言う。

「ナオミさんは半人前じゃないよ。仕事を持って、私や○○の世話をちゃんとしている。ナオミさんは、2人前だよ!」

細かい描写は忘れてしまったが、この後、4年生になった作者がいかに働く母親を誇りに思い、週に一度だけ早く帰って妹の保育園に一緒に迎えに行く時間を共有することを楽しみにしているのか、が綴られる。

この作文は、私には衝撃的だった。立派な母とは、なにも仕事をしていることだけでは決してない。でも、とても若かった私は、私も長崎の先輩、「ナオミさん」のように、不器用ながらも子育てと仕事を両立させて、娘が誇りと思ってくれるような母親になりたい、と強く思った。そして間もなく、今でも最高の師として思い出す先生の医院で働き出すことになるのである。

(MDCニュースレター2016年3月号より 文 のあみ)

回想版 ナオミさんのその後

とても印象的だった長崎のナオミさんについての娘さんの作文。自分が出産して働き出した昔の話をニュースレターに書いたきっかけは、小さな子供を育てながら働くスタッフが複数名にふえたことから、彼女らへのエールとして。いらない先輩ヅラだったけど。

この記事を書こうと思って取っていたはずの新聞記事をさがしても出てこない。内容が気になったのはマジオ先生も同じだったらしく、実際の作文集をアマゾンで見つけて購入してくれたのは、ニュースレターの印刷が済んでからだった。

文中で「今でもはっきり覚えている」などと言い、しかも鍵カッコつきでセリフまで書いておきながら、実際の文章とは随分違っていた部分も多く、人の記憶とは曖昧なものだな〜、と笑ってしまった。しかし改めてこの文章を読むと、その秀悦さに改めて感動するとともに、小学4年生の作者の女の子と母親「ナオミさん」の気持ちが痛いほど分かって、涙が出た。

むすめさん(作者は自分のことを文中でこう呼んでいる)は、この時間が一番好きでした。ナオミさんが赤ちゃんをだっこしてむすめさんがバックを持って、家まで歩いて帰るほんの数分間が好きでした。この数分間は、ナオミさんがむすめさんの母親として話を聞いてくれるとても貴重な時間だったのです。

この文章を読んで涙が出ない母親はいないだろうな、と思います。

子供より仕事が大事なんて思ってないよ。子供が熱出して平気なわけじゃないよ。毎日時間に追われて、仕事しながら子供のこと考えて、子供の世話しながら仕事のこと考えて。イライラして子供に当たってまたそんな自分にイライラして。何やってんだろうわたし

赤ちゃんが熱を出したのに迎えにいかなかったナオミさんが保育士さんにしかられて、むすめさんの大好きな「ほんの数分間」の時間に、ナオミさんが涙で顔がグショグショにしながら泣くシーン。ここは少し記憶が違っていましたが、あれから20年以上たって、末っ子も中学生のベテランママになった盛岡の直美さん(私です)のほうは、いまでも時々上記の気持ちになることがよくありますよー。

「わたし、お母さん大好き!!」
「お母さんが、半人前のお母さんでも?」
「半人前のお母さんなんかじゃありません。仕事して家の子として、わたしのお母さんは二人前でーす。」

仕事に家事に、イライラして、子供にあたる。そこまでは一緒でも、その子供に、こんな素敵なことは言ってもらえていないな〜(遠い目)。
さて、そろそろ、なつかしい作文行脚を終わりにします。毎年行われているコンクール、「特選」に選ばれる作品の数々は、本当に驚くほどの出来栄えです。気になる方は、ぜひ購入して読んでみてくださいね。

 

 

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