叱られる喜び 〜第71回 歯科医師夫婦のつれづれ手帖
歯科医師夫婦のつれづれ手帖は、歯科医院を共に営む夫(真面目なのでここではマジオ君)とともに、医院を訪れる患者さんに自分たちの人となりを知ってもらいたいという気持ちから、2014年から書き始めた小さな文章。
なんだかんだで続いています。
ルールは2つだけ。
1 必ず毎月、どちらかが書く。
2 内容は、歯科治療以外の事とする。
第71回 叱られる喜び
昔、中学校の教員をしていた母が、仲間たちとの飲み会に時々使っていた居酒屋に連れて行ってくれたことがある。秋田の大曲(現大仙市)にある、細身の女主人が切り盛りする小さな店「まる」。
ドアを開けると、「こらあ〜!!松田あ、まだ来たが!」と甲高い声でいきなりどなられた。松田と呼び捨てされたのは母の同僚で、学校中で怖れられている強面の厳しい先生。「ビール」と頼むと、「なにい〜!?聞こえね、もっとはっきり喋れ、松田、こら!」とまた怒られる。初めはびっくりして、「なんでこんなところにくるの」と小声で聞いたら、母は笑って、「みんな、怒られたくてここに来るんだよ」。
あれから数十年も経って、私もすっかりいい大人になった現在、あの時の先生たちの気持ちがとてもよくわかる。自分の子供を叱る、医院で従業員を叱る。時には患者さんまで叱らなければならないこともある。昨今は叱る方も気を使い、あの注意の仕方よくなかったかな、などと後悔したり。大人になると誰も叱ってくれなくなる。自分だって未熟なのに、叱らなければならないのは叱られる方より辛い。そんな時、「こらあ!」と大人の自分を叱ってくれる人のいるありがたさ。「まる」のママに叱られながら、嬉しそうに笑っていた松田先生の顔が浮かぶ。
最近始めたオンラインの英語レッスン。英国在住の日本人の方が講師だが、彼女がまた厳しい。生徒に迎合して下手な英語を褒めて天狗にさせる、ということは一切せず、いつも無表情で、「そんな発音では、通じません」「わかっていませんね」と叱られ、うまくできたからと褒めることもない。褒める教育もいいけれど、毎回レッスンが終わると、本当に悪いところを叱られた悔しさと、それ以上の清々しさを感じ、復習してやる!(復讐ではありません)という気持ちになるから、こういうのもいい。そしてなぜかいつも、一度しか会ったことのない「まる」のママを思い出すのだ。今なら、どんな風に叱ってくれるのだろう。(文 のあみ)