【ミニマル歯科治療】1本の歯について、とことん考えた患者さんの話

こんにちは。歯科医師の松浦直美です。

休診日の今日は、久しぶりに雲ひとつない快晴!!
用を足しに歯科医院の近くに来たので、玄関前の花壇にお水をあげました。春に植えたハーブが元気に生い茂って、いい感じです。

さて、今日はある患者さんの一本の歯のお話です。

時々私のブログや、歯科医院の診療案内のパンフレットに出てくる言葉。「MI:Minimal Intervention(エムアイ:ミニマルインターベンション)」という言葉があります。日本語に訳すと、「必要最小限のダメージ」とでも言いましょうか。

最近、「ミニマリスト」と呼ばれる衣食住とも必要最小限のもので生活する、というライフスタイルを実践している方も増えて、インスタグラムなどでそのすっきりとした暮らしぶりに憧れてしまうのですが、歯科治療でも、できるだけ「ミニマル」な治療方法が選ばれる傾向がますます強くなっています。

持って生まれた自分の歯をなるべく削らずに、天然の部分を生かして、歯科治療を行うという考え方です。

MIの実戦にはさまざまな方法があるのですが、わかりやすい例で言うと「ダイレクトボンディング」といわれるコンポジットレジンと呼ばれる白い詰め物で、傷んだ歯の部分だけ、または必要な部分だけを修復する、という治療方法があります。

以前ご紹介した、「前歯の隙間をコンポジットレジンで埋める方法」は、MI治療の代表的なものと言えます。

さて、本日のミニマル歯科治療は、どんな治療でしょうか?当院に通う「あおいさん」の例をご紹介します。

Contents

一度治療した歯が、痛み出した。

長く当院に通ってくださっている40代の女性、あおいさん。
小さな子のお母さんでもあります。

はじめにクリニックに通い始めた頃は、虫歯が多くあり、一通りの歯科衛生士による初期治療(歯磨き指導や、歯と歯茎のすきまのバイオフィルムの除去)が終わってから、虫歯治療を行いました。

そのうちの1本は、とても虫歯が大きかったので、専用のお薬で虫歯の深かった部分を補強した後、その上から保険治療の「銀歯」を被せて、修復しました。3年ほどは何事もなく、メインテナンスに通院していましたが、最近、少しその歯に違和感を感じるようになりました。

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あおいさん

先生、上の歯が最近痛い気がするんですけど、あの歯、やはりだめかしら? 以前、虫歯が深かったので、治療してもそのうち神経がダメになるかも、って言われたけど、神経をとると歯が弱くなるって聞いたので、絶対神経を取りたくないんです。

以前虫歯がたくさんだったあおいさんは、お子さんを連れてメインテナンスに通ううち、歯についての知識も深くなり、今では歯をとても大切にしています。確かに、神経を取り除く処置をしない方が、歯の寿命は長くなる可能性は高くなりますが、それも状況次第。無理せずに、しっかりと治療した方が良い場合もあります。

しかし今回は、あおいさんの希望を優先し、もう一度、金属やその下のお薬を全部取り除いたあと、神経に近い部分は樹脂と鎮静作用のある新しいお薬をしっかりと敷いて、仮のふたをして様子を見ることにしました。

神経を残したい!あおいさんの逡巡

1ヶ月ほど様子を見ましたが、痛みは一旦落ち着いたものの、やはりぶり返してきました。さすがに今回は諦めて、神経を取り除く治療を選択しました。ところが、約束の時間にやってきたあおいさん。

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あおいさん

先生、やはり神経を取りたくないので、もう少しだけ、待ってもらってもいいですか?せっかく時間をとってもらったのに、ごめんなさい

少し迷う程度の痛みだったのでしょう。あおいさんの気持ちを尊重し、私はその時治療をしませんでした。まあ、治療が立て込んでいて疲れていた、ということもありましたけどね。

しかし数日後、やはりあおいさんから治療の予約の電話が。痛みが強くなってきて、やはり治療をお願いしたいとのこと。

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あおいさん

先生、やはり痛いので、神経を取り除く治療をお願いします。でも、その後の修復は、なるべく歯を削らずにお願いしたいんです。

「保険の白い被せ物(CADCAM冠)は、歯をかなり削らなければなりませんから、それなら今までのように少し歯を残して銀歯にするか、あとは残っている歯にコンポジットレジンを足して、歯の形を作るダイレクトボンディングという方法もありますよ。」

できるだけ天然の歯を残す。あおいさんの選択。

あおさんは、保険外診療ということで迷いましたが、最後はダイレクトボンディングを選びました。MI:ミニマルインターベンションという考え方に、とても惹かれたそうです。

歯を必要以上に削ることなく、コンポジットレジンという白い材料をピッタリと接着することで、綺麗な歯を再現することができるのが、この治療方法の特徴。神経を取り除いてしまった後でも、歯質が結構残っている方であれば成功率は高くなります。
下写真が、あおいさんの歯。神経を取り除くために内部はだいぶなくなっていますが、外側の歯質が、多く残っていることがわかります。

唾液やバイ菌が入らないようにゴムのシートで歯をカバー。

少しずつ、コンポジットレジンで修復していきます。

修復終了。自分の歯と、コンポジットレジンの境目がわからないくらい、自然に仕上がります。

ダイレクトボンディングというMI(ミニマルインターベンション)治療を選んだことで、あおいさんは自分の歯を多く残すことができました。もちろん、今後はこの材料がかけてしまったり、少し劣化して磨き直しが必要になったりすることはあり得ます。それでも、その修復や研磨も「ミニマル」で済むのが、この治療の良いところ。保険外治療とは言っても、セラミッククラウンなどの被せ物に比べると、費用も本当にミニマルなことが多いです(歯科医院によって、費用設定は異なります)。歯質が多く残っていることで、歯の寿命も伸びることは間違いありません。

自分の歯についてきちんと考えてくれたあおいさんに感謝。

「先生、何度も申し訳ありませんでした。」

歯の痛みがあっても、神経を取り除く治療の予約をあおいさんがキャンセルしたのは実は一度だけではありませんでした。そのことに対し、申し訳ないと思っていたようなのですが、通常の無断キャンセルなどと違い、あおいさんのキャンセルは、意味合いが違いました。真剣に、ご自分の歯のことを考えた結果です。

いえいえ、むしろ、感謝したいのはこちらの方なのですよ。「歯なんか、痛くなければいい」という程度に考える方もまだまだ多い中、歯に興味を持ち、治療方法に真剣に向き合ってくれる患者さんは、歯科医師にとってはとてもありがたく、治療もやりがいがあるのです。毎回のように治療についてきた小さなお嬢さんも、お母さんの姿勢をみて、歯の大切さを感じ取ってくれたに違いありません。

症例とエピソードの掲載につきまして、ご快諾いただきましたあおいさんに、重ねて感謝いたします。


さて、ミニマル歯科治療について、なんとなく、わかっていただけたでしょうか。

もちろん、ミニマル歯科治療にも欠点はあり、症状によって、適応できないこともあります。ただ、大切な歯を大きく削る前に、適応の方にはそのような治療をオプションとしてお知らせすることは、歯科医療従事者の役目ではないかと思っています。

 

 

 

 

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